[BlueSky:06956] 本のご紹介:松尾雅彦『スマート・テロワール』

Takeshi SUKA sayasuka_380878 @ kce.biglobe.ne.jp
2015年 6月 23日 (火) 22:15:39 JST


青空メーリングリストのみなさま

松尾雅彦『スマート・テロワール 農村消滅論からの大転換』(2014年 学芸出版
社)
という本をよみました。そのご紹介です。(以下1478字です。)

“農村にこそ日本最後の成長余力がある――。
この仮説を論証し、読者と共有することが私の執筆動機です。”
本書の冒頭で、著者はこう宣言します。そして日本の農村に明るい未来を実現するた
めの「三〇年ビジョン」(その基本原理、目指すゴール、戦略と方法論)を、“どん
な農村でも採用でき、応用できる普遍的なコンセプトで”述べるとします。普遍的と
いえるのは、日本、米国、欧州の農村を40年観察して、持続的に成長発展する(ある
いは衰退する)農村に、(それぞれ)共通項を発見したからだといいます。

 タイトルの「スマート・テロワール」とは、自給圏を意味するそうです。国内に
100あまりの自給圏をつくり、それぞれ「特徴ある地域(=テロワール)」として、
食料・住宅(木材)・電力の地産地消を原則とするという考え方です。その実現のた
めには“「瑞穂の国」幻想を捨て”、“農村部の水田は、ほぼ五〇%を畑地や草地に
転換する必要”があるといいます。そして“畑作と食品加工業を中心に据えることが
ポイント”だとします。それらは女性向きの職場であり、女性の雇用の場が生まれる
から農村の人口増にもつながると主張します。

 そのように生産構造を変えなければならないのには、歴史的な理由があります。
1970年代に食料の供給過剰時代に入り、“何を食べるか、消費者が選べるようになっ
た”、それにより“食の品質向上が絶え間なく続く時代が幕を開けました”。だか
ら、実際に日本の消費者が何を買い、何を食べるかに対応して食料を供給する必要が
ある。自給圏を築き、地域経済が自立できるようにするためには、輸入している食料
を地域で生産しなければならないというわけです。それには消費者である地域住民を
つなぎあわせて農村コミュニティを創出することが重要と述べます。また“加工食品
の価値の七割は素材で決まります”として、農地や農産物の品質の重要性を指摘しま
す。こういった考え方が「三〇年ビジョン」となるのは、“三〇年という期間があれ
ば、真剣に望んでいることであれば、ほとんどのことが実現できるから”だといいま
す。

 本書は9つの章と文献紹介、補論から成ります。全体の骨格を成す上の主張は、は
じめの2つの章で展開されます。あとの章では、文献や実業家などとしての著者の経
験、米国や欧州での視察などをもとに、さまざまな角度から上の考え方を補足・説明
しています。“残念ながら、日本の農村はまだ西洋文明が生みだしたよいところをほ
とんど吸収できていません”として、“視察地としては、欧州のフランス、ドイツ、
オーストリア、イタリア四カ国の農村を推奨します。これらの国々の農村は、今から
四〇〜五〇年前に危機的な困難に遭遇した経験があります”と述べています。文献
は、カール・ポラニー『大転換』や宗田好史『なぜイタリアの村は美しく元気なの
か』など、10冊が紹介されています。

 “工業化で豊かになった先進諸国はいずこも農業分野で優れた国になっていま
す。”
“まさに成熟した国には、農村だけに成長余力があります。”これらの主張は、これ
からの日本や地方のあり方を考えるときに、よくよく吟味すべき点だと思いました。

 さらに個人的には、水田を転換してつくる草地は、外来牧草による人工草地にする
のではなく、在来の草による半自然草原にすることがのぞましいと考えました。生物
多様性と伝統文化を再生することにつながり、獣害の低減も期待できるからです。

 著者は、元カルビー株式会社社長で、NPO法人「日本で最も美しい村」連合副会
長。
 主張は明快で、わかりやすい文章で展開されています。

   須賀 丈





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