[BlueSky:06955] 本のご紹介:宗田好史『なぜイタリアの村は美しく元気なのか』

Takeshi SUKA sayasuka_380878 @ kce.biglobe.ne.jp
2015年 6月 23日 (火) 22:09:25 JST


青空メーリングリストのみなさま

宗田好史『なぜイタリアの村は美しく元気なのか』(2012年 学芸出版社)
という本をよみました。そのご紹介です。(以下2385字です。)

「地方創生」をめぐって日本政府は“急速な少子高齢化”や“東京圏への人口の過度
の集中”の是正を課題としています。これに対しイタリアでは過去数十年、都市と農
村の関係が日本とかなりちがう道のりをたどったようです。本書、宗田好史『なぜイ
タリアの村は美しく元気なのか』を読むと、そのことがわかります。“イタリア人の
大部分は、小さな町や村に住んでいる”(本書)。というのもイタリアでは1961年以
降一貫して、人口1万人以上10万人未満の自治体(コムーネ)が、その数でも人口総
数でも増え続けており、25万人以上の自治体は“ローマやミラノなど12しかない”と
のこと。“21世紀に入り、大都市人口の割合は、戦前の40年の水準の16%にまで戻っ
た。”“脱工業時代化時代の逆都市化現象といえよう”と著者はいいます。

 これは、「地方創生」論議に火を付けた増田寛也編著『地方消滅』(2014年 中公
新書)が示す処方箋とは、かなりちがった動きのようです。『地方消滅』では、地方
からの人口流出に対する「防衛・反転線」を築くため、“「選択と集中」の考え方を
徹底”し、“地方中核都市に資源や政策を集中的に投入”するという案が示されまし
た。

 イタリアの農村はといえば、ワイン・チーズ・生ハム・肉と魚・野菜や果実に穀
類・豆類、それに菓子類などの美食で知られ、“この美味しさがあるから、イタリア
の農村の魅力は他の追随を許さない”(本書)。しかしかつてはイタリアの農村も近
代化のおくれや過疎化に苦しんだ時代がありました。“イタリアの美しい村は、第2
次世界大戦後の70年弱の歴史の果てに、最近ようやく完成したものである。”本書は
その“イタリアの村づくりにおける革新の歴史”をたどります。

 本書は2部構成です。「第1部 成功のきっかけとなった4つの動き」では、(1)
「アグリツーリズモ」(農村観光)、(2)「スローフード運動」(伝統食材・伝統
料理の復興と有機農業の振興)、(3)「スローシティ運動」(歴史的地方小都市の
現代的再生や歩行者空間化)、(4)オルチャ渓谷の世界遺産登録(自然から歴史文
化・伝統への景観保護の拡大)がとりあげられます。イタリアのアグリツーリズモ
は、70年代からフランスやイギリスの農村観光に学び、アレンジする取り組みをはじ
めました。食やその品質にこだわったこともイタリア成功の秘訣でしょう(この面で
は日本の農村観光にも大きな潜在力がまだあるのではないでしょうか)。86年にはじ
まったスローフード運動は、“グローバル化した現代産業社会”を批判し、人間らし
く健全で文化的な食生活を営む権利を主張して、世界に広がりました。イタリア国内
では“街中の食品店が食材の質を競うように”なり、さらに“イタリアはヨーロッパ
最大の有機農業国にまで成長した”。スローシティ運動が先導する小都市回帰の動き
は、すでに紹介したとおり、イタリア全体の人口動態にまでおよんでいます。スロー
シティは“人口5万人以下の規模を目処としている”そうです(『地方消滅』が言及
する政府の「地方中枢拠点都市」が人口20万以上であるのとは、発想の向きが逆のよ
うです)。オルチャ渓谷の景観規制は、ボトムアップのものとして地域から自主的に
はじまり、十数年かけて世界遺産登録に結びつきました。関係機関は多かったが小さ
な村や県なので相互に話が通りやすかった面もあるようです。景観保全のための規制
は、国土の隅々までおよぶようになっているそうです。

 「第2部 村が受けとめた三つの変化」では、(1)EUの農業政策転換への対応
(量から質へ)、(2)マスツーリズムから成熟したバカンスへの変化(新しい田園
への回帰)、(3)中央から自立と主体の多様化(女性の活躍や共同体の変化)が語
られます。EEC (EUの前身)の市場統合は、中世的な遺制を残していたイタリアの農
業に、戦後、大転換をせまりました。農家への所得補償が過剰農産物を産み農産物価
格が下がるという悪循環を絶つため、EUは所得補償をやめ、集約的農法から有機農業
への転換や農村観光に補助金を出すようにしました(デカップリング)。また環境保
全のため、農地を湿地や森林、放牧地に転換することに補助金を出すことにしました
(セットアサイド)。その結果再生した地域の自然・文化・農業が成熟したバカンス
市場の受け皿となり、“現代的センスで新たに再生された美しい村”に人びとが向か
うようになったとのことです。また90年代にイタリアの政治風土は大きく変わり、自
治体が“分権と自立”を進めました。そして“田舎に移り住みスローな暮らしを始め
た人々こそ先進的”という価値観が生まれました。さらに“衣食住に関する知識も感
性も女性の方がはるかに勝ることは多くの男性が理解している”ため、“アグリツー
リズモでは女性の能力が重要”と認識されました。そうした女性の活躍により、農村
が美しくなり、農村経済のサービス化、農村社会の改革が進んだとのことです。

 このように本書をふりかえると、現在の日本の地方の動きのなかにも、イタリアの
人びとが取り組んできたことに共通する動きが実は少なくないことに気づかされま
す。イタリアの近年の食や小都市の取り組みを紹介した本には、島村菜津『スロー
フードな人生! イタリアの食卓から始まる』(2000年 新潮社)、同『スローシ
ティ 世界の均質化と闘うイタリアの小さな町』(2013年 光文社新書)、陣内秀信
『イタリアの街角から スローシティを歩く』(2010年 弦書房)など、手軽で読み
やすいものがほかにもあります。これらに対して本書は、ご紹介したように関係する
いくつかの動きをとらえ、イタリア社会全体の大きな変化として描いたところに特色
があります。そのイタリアの姿は、脱工業化時代の社会発展のモデルとしても興味深
いと思いました。

   須賀 丈





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