[BlueSky:06971] Re: 本のご紹介:山野井徹『日本の土 地質学が明かす黒土と縄文文化』

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2015年 12月 7日 (月) 11:30:40 JST


須賀様

すばらしい紹介、ありがとうございます。この本にも参考図書としてあげられて
いる須賀さんの共著書『草地と日本人 日本列島草原1万年の旅』
と響きあう内容ですね。

ちなみに今年は『国際土壌年』ですが、来年は『国際豆年』です。
米国の大規模慣行農業の中心であるモンタナ州で変人扱いされながら有機レンズ
豆栽培に挑戦している農家を描いた翻訳本を来月出します。
『豆農家の大革命』リズ・カーライル著
おすすめです。原著のURLは、以下です。出版自体が豆農家の運動とリンクして
いるので、変なサイトですが。
http://lentilunderground.com/

土井二郎
JIRO DOI

築地書館
〒104-0045中央区築地7-4-4-201
電話03-3542-3731 fax03-3541-5799
www.tsukiji-shokan.co.jp

On 15/12/05 7:56, Takeshi SUKA wrote:
> 青空メーリングリストのみなさま
>
> 今年2015年は国連で定めた「国際土壌年」だそうです。そして今日12月5日は国際土
> 壌デーだとか。だから、といういわれも特にはないのですが、とりあえずそれを記念
> して(?)本のご紹介です。
> 山野井徹『日本の土 地質学が明かす黒土と縄文文化』(築地書館, 2015年)
> (以下2113字です。)
>
> 地球の薄い表層で、無機物と多様な生物の活動とがからみあってできるという土壌。
> 農業生産の基盤であり、二酸化炭素の貯蔵庫でもあります。さらに近年では、古い時
> 代からの人と環境との関係を物語る史料としても注目を集めるようになってきまし
> た。このなかで本書は、日本列島の黒い土が縄文人以来の火入れ(野焼き)によって
> 生じたという見解を、地質学者の観点から説明してくれる本です。著者は1996年の論
> 文でこの説を唱え、研究者のあいだに反響と波紋をよびました。その説を広く説いた
> 本書は、まさに待たれていた本といえるでしょう。
>
> この黒い土はクロボク土とよばれる草原土壌で、国土の17パーセントを占めていま
> す。ということは、国土の17パーセントが、草原土壌ができるくらいの長い期間(お
> おむね数千年単位)にわたって草原として保たれてきたということです。その草原
> は、温暖・湿潤な日本列島で、どのようにして保たれてきたのでしょうか。それは縄
> 文時代以来の人の火入れによるのであり、草が燃えてできた細かい炭の作用でクロボ
> ク土が生じたのだ、というのが著者の見解です。
>
> この説を、著者は土壌学などの通説への挑戦として提示しています(そこがおもしろ
> いところで、議論をよぶところでもあります)。著者によると、土壌学の通説でクロ
> ボク土は、火山灰を母材とし、そこに地表から生物の遺体に由来する有機物(腐植)
> がもたらされてできたとされています。そのため「火山灰土」ともよばれています。
> 火山灰に含まれる粘土鉱物のはたらきで腐植がとらえられ、クロボク土ができると考
> えられているそうです。
>
> これに対する著者の挑戦は、わたしが見たところ次の3点にあります。(1)クロボ
> ク土の母材は火山灰ではない。粒子が風で運ばれ別の場所に堆積してできた「風成
> 層」(たとえば関東ローム層もそのひとつ)がクロボク土の母材である。この「風成
> 層」には火山灰由来の成分も含まれていることが多いが、いつも含まれているわけで
> はないし、黄砂などほかの成分も含まれている。大きな噴火の火山灰が直接地表につ
> もったもの(テフラ)とは別のものであるから、「火山灰」とよぶべきではない。
> (2)腐植をとらえてクロボク土をつくるはたらきで重要なのは、ススキをはじめと
> したイネ科などの炭の粒子であり、火山灰の粘土鉱物はそれほど重要ではない。
> (3)ススキなどの草の燃焼炭を生んだのは、縄文人にはじまる火入れである。縄文
> 人は集落のまわりに火入れをして草原をつくり、ワラビやゼンマイなどの食料が得や
> すいようにしていた。したがってクロボク土は人為土壌であり、縄文人の文化遺産で
> ある。この第3の点は、縄文文化を森林文化として描く考古学の通説的なイメージに
> も修正をせまるところがあります。
>
> これらの挑戦をささえるのは、地質学者としての著者の多くの実地調査です。クロボ
> ク土に草の細かい炭が多量に含まれていることの発見とその重要性の指摘は、著者の
> 功績です。本書はこれらの論点に加え、地質学的な土壌の見方を多くの野外の実例を
> 示しながら説明しています。少々むずかしい部分もあり、ここでは紹介しきれません
> が、スケールの大きな自然のとらえ方には教えられることが多くありました。
>
> 本書のあとがきにもありますが、上記の説を著者は1996年に地質学会誌に発表しまし
> た。これに対する反論が寄せられ、地質学会紙上で討論がおこなわれました。これら
> の論文や討論はウェブ上にRDFが公開されています。反論をよせた研究者たちも、そ
> の後も活発に研究を発表しています。それらや関連文献をよんでみた限りでは、クロ
> ボク土が草原土壌であることはほぼ共通理解となっており、縄文時代など古い時代の
> 火入れがそうした草原をつくるはたらきをした可能性も、ある程度共有されているよ
> うに思われます。残される主な対立点は、クロボク土の母材が「火山灰」といえるか
> どうか、粘土鉱物と草の燃焼炭とどちらが大事か、火入れ説がどのくらい独創的なも
> のといえるのか、といったところにあるようです。
>
> これらの対立点は、学問的には重要なのでしょうけれども、むしろ共通理解の部分こ
> そが、もっと広く知られていいようにわたしは思います。なぜなら、縄文時代から日
> 本列島で人が環境を大きくつくりかえてきたという観点は、文化的にも大きな意味を
> もつからです。氷期以来の草原性の生物や野火に適応した生物が、人の火入れや草刈
> りにより後氷期にも生息地を広げた可能性があるとわたしは考えています。
>
> 先史時代の火入れは、世界各地でおこなわれていた可能性があります。たとえば、
> ビッグバンによる宇宙の誕生から現代のグローバリゼーションまでをひとつの通史と
> して描く「ビッグヒストリー」が注目をあつめていますが、その主唱者であるデビッ
> ド・クリスチャンもMaps of Time (2004)などの著書で、先史時代の火入れを人類に
> よる大きな環境改変のひとつとして描いています。大塚柳太郎さんの『ヒトはこうし
> て増えてきた 20万年の人口変遷史』(2015年 新潮選書)でも、この話題があつか
> われています。このような興味ともつながる刺激的な本として、この本を広くおすす
> めします。
>
>    須賀 丈
>
>
>



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